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新型ラパンは男性厳禁 ?

ラパンの受注がそろそろ終わり、在庫のみの販売になるとのこと。早ければ6月上旬(一説によると6月3日)にはモデルチェンジがあるかもしれない。当初は8月頃かと言われていたが、軽自動車の販売落ち込みもあり、前倒しとなったかもしれない。

新型ラパンは、基本的にはアルトと今どきの言葉で言えば、アーキテクチャを共用する。大幅に軽量化された車台に、大幅改良が加えられた新型R06A型エンジンなどが流用されて、骨格を含めてかなりの部分はアルトのままなのではないかと予想。もともとアルトの派生車種ということもあり、これにラパンらしい内外装が組み合わされるモデルとなるだろう。燃費も37.0km/Lに近いものが期待され、軽量なことからS-エネチャージの採用は、まだ先なのではないかと思う。また、5AGSなどの特異なシステムは、女性向けモデルということもあり、採用は微妙なところ。ターボもあるかわからないが、初代からずっと設定していたので、引き続き設定される可能性はあると思う。

今回の新型の注目ポイントは「男性厳禁」。ハスラーあたりからスズキの開発体制は大きく変わったらしい。これは先日のテレビ番組等でも伝えられているように、チーフエンジニア第一主義に改革が進んでいるようで、あの鈴木修会長はどうか知らないが、基本的には役員であっても、まとめ役には口を挟むということができないというか、話なんて聞かなくてもよいことになったという。そうしたこともあって、ハスラーやアルトなど自由な発想の挑戦的な車が本当に登場するようになり、ハスラーはヒット。アルトも歴代最高の話題性を得ている。一定の成功はしていると言えるだろう。

新型ラパンの「男性厳禁」は、その発案者第一主義の第三弾。なんとデザイナーどころか、技術を担当するチーフエンジニア、営業戦略や広告などの販売担当まで、全員女性だけで作られたという。男は一切口を挟まないという条件で作られた車という点では、日本の自動車業界としては今までで初めてじゃなかろうか。先日、26歳の若きリーダーが話題となったホンダS660だが、ラパンは100%女性チームという点で話題になるだろう。

そう考えるとスズキとしてもチャレンジングすぎて、少し不安だったのではないだろうか。女性のみで作って失敗してしまったら、せっかくのいいチャレンジも尾を引く可能性がある。そうしたこともあって、2年前にモデル末期に突如として「ラパンショコラ」を登場させたのは、新型ラパンのリサーチのためだった可能性が高い。なかなか好評だったので、この路線で行こうということになったのか、新型ラパンのデザインはショコラに近いものが基本らしいが、今までのユーザーのためにも四角いライトも用意されるのではないかと考える。

こんなラパン。男性は買いにくいが、買えないことはない。男が考える女性向けよりも、案外女性が考える女性向けの方が逆に男にウケたりするかもしれない。そういう意味では、男にとっても楽しみな1台といえる。


※追記

こちらの記事は信頼できる方からの情報であり、書かせていただきましたが、女性中心での企画・開発を強調するあまり、まるで女性しか開発に関わっていないかのような表現にも見え、誤解を与えてしまう部分があったかもしれないと考えています。もちろん、自動車の開発は多くの人が関わりますので、男性も多数参加していると思います。しかし、責任者をほとんど女性のみで占めたという点で話題性があるという意味で、書かせていただいておりますので、ご理解ください。

ETCなしは値上げ議論登場

国交省がETCを付けていない車に対して、平成28年度から高速道路の通行料金を値上げする検討をしているという。その理由はETCが付いていない車は、その料金を徴収するコストがETC付の車よりも5倍多くかかっていて、ETCを付けている人に対して不公平感があるというようなことがあるらしい。

確かに、この理屈は一理ある。しかし、どうも役人の考え方はおかしい。普通の民間の感覚であれば、より魅力を上げてETCの搭載比率を上げることを考える。つまり、ETCを付けるとこんなにメリットがある。安くなるということを全面に押し出し、極力値上げという言葉やイメージをもたれないようにするだろう。しかし、行政の場合には安易に値上げという言葉を使う。国民の反発も出て当然だが、学習能力がないというか、これでは進むものも進まなくなるのではと思う。

ETCがない車の徴収コストが5倍なのは、多くの車がETCを付けたためだろうから、たまにしか来ない車だけのため人員を配置するのは、そりゃ無駄にお金がかかる。単純にETCを付ければ徴収コストが1/5になるというわけではないだろうが、しかし、ETCを付けている人間に対しての優遇が最近無くなったと感じるのも事実。通勤時間帯や週末などの割引はあるみたいだが、誰もが土日休みなわけではない。その上、マイレージなどわかりにくいシステム。一応手続きをしている私も、いまいち何がどうなったらいくら還元されるのかよくわからないのだから、高齢な人などはどうしていいのかわからないのは間違いないし、そもそも知らない。

でも、反面ETCを付けていない、もっとひどい言い方をすればまだETCを付けようとしない人は、ある程度負担を強要されても仕方ないと思う部分はある。私がプレミオにETCを装着した頃、ETCはまだ珍しかったが、それでももう10年以上前。まず新し物好きな人から、こういうものは普及していくものだが、いろいろな割引制度などでこれは付けた方がいいというタイミングはたくさんあった。一番は最近の高速無料化や1,000円になった頃。この頃にはETCを取り付ける人はかなり多く、相当普及した。にもかかわらず、2015年にもなって付けない人(車)は、高速を使うつもりがない車か、使っても年に1回、あるいは数年に一度。そうでなければ、一番多いのはETCカードが作れない人だろう。

とりわけ、ETC付の車のユーザーから不満感が出るのは優遇が減ってしまっているからと言える。以前は多少待たされようが俺は安いし、という優越感が感じられた。しかし、今は現金の人がいると、待たされた挙句、金額変わらない。ETC付けてる意味がない。腹が立つのは当たり前だ(地方ではETCと一般共用が1つというのはけっこうある)。唯一のメリットの料金所のスムーズな通過も阻害されてしまえば、まったく意味がない。だから、現金の車は迷惑な存在になっている。私は、かつてETCがない車は通行できないようにすればいいと言ったことがある。なんでETCをつけた人が付けていない人に合わせないといけないのか。国の言うことを聞いてETCを付けた人を中心に考えるべきで、クレジットカードも作れないような人間は自己責任なのだから切り捨てていいと言って、かなりお叱りの言葉をいただいて、反省はしているのだが、この辺は今コンビニなどでもたくさんいろいろなプリペイドカードが売っているのだから、そうしたカードを販売することで十分カバーできると思う。

結果的に料金所が完全無人になれば、ユーザーとしては大幅なコスト削減になったわけで、高速料金の引き下げも堂々と主張できることにもなる。しかし、まぁそれにしてもETC割引はなんでこんなに減ったのか。普及したら値上げとは、あまりにもひどい。土日や祝日みたいに人がたくさん利用する時に割引されるというのも、民間的な感覚で言うと逆でしょう。全体的な交通量を把握して、少ない時には値下げして利用者を増やすというようなこともできるはず。値上げよりも、メリットで選んでもらえるように考えていくという当たり前の感覚を官僚には勉強していただきたいものだ。

もらい事故での賠償責任判決について

先日の福井地裁判決が話題となっている。巻き込まれた事故、もらい事故であっても無過失であることが証明できない限り、賠償責任があるとして、法的責任のない対向車に4,000万円の損害賠償を認めた判決である。これは車の所有者が他人(知人なのだろう)に車を運転させていたところ、運転者がいねむり運転をしてしまい、対向車線にはみ出した結果、助手席に乗っていた所有者が不幸にも亡くなったしまった事故である。

世間では巻き込まれた側である対向車にも賠償責任があるという判決に疑問の声が噴出。普通に考えれば、一方的に相手の車が自分の車線に侵入し、突っ込んできた挙句、過失がなかったと証明できないなら、賠償する義務はあるというのは、あまりにも無理があり、どう考えてもおかしな判決。納得できないと国民が思うのも当然である。私もこんなとんでもない判決がまかり通るのはたまったもんじゃないと考える一人です。

しかし、もう一歩マスコミがあまり議論していない部分について考えたい。今回の判決は、まず遺族の補償を最優先した判決と想像できる。この判決のポイントは自動車損害賠償保障法について争われている点。つまり、対向車の運転者がどうというよりも、対向車の運転者がかけている自賠責保険の引き受け会社に対して、払いなさいと命じている判決と見える。したがって、対向車の運転者に違反があったとは認定していない。だから行政処分や任意保険での賠償義務までは命じられていない。

なぜこういう判決が出たのか。自賠責が出ない場合で調べていただくと、まず第一に「加害者に責任がない場合」という記載が出てくる。今回の事故は自身の任意保険が家族限定であったため、保障の対象外となる他人を運転させた場合には、自分に対する補償はまず出ない。また、運転していたのが大学生ということから考えると、彼もまた自動車保険に加入しておらず、他車運転特約等で賠償することは不可能であったと思われる。つまり、どちらの保険もないということは、対向車の自賠責が遺族にとっては最後の砦であった。もっとも、このような裁判の一番の原因は、自身の保険内容を知ってか知らずか、他人に運転をさせた所有者にあることは間違いないが、亡くなってしまった以上、責めることはしないのが日本人である。

今回の判決で賠償命令が出たということで、自賠責保険から上限の3,000万円が出る見込みになる。そして残りの1,000万円は保険会社が立て替えるそうだ。この点は、私も懇意にしている保険会社の営業さんに確認したが、対向車のドライバーが自分の保険を使うことはないという。ここが少し世間で誤解されているところ。法的には過失がまったくないため。いわゆる100:0の事故という扱いになる。つまり、対向車の運転者は自分の保険で賠償する義務はない。しかし、賠償命令が出た以上は保険会社が肩代わりし、遺族に支払った上で、運転者であった大学生に1,000万円を請求することになるそうだ。

つまり、対向車の運転者に対しては行政上の処分もなく、保険を使うこともない。でも、過失ないと言い切ると最後の砦の自賠責もダメになってしまうから、ちょっと自賠責に関しては目をつぶって欲しいという判決だったといえる。そのため判決は「過失があるともないともいえない」というものすごく消極的な表現となった。というよりも、裁判官として「ないと言いたくない、かわいそう」という私情が入っているようにも思える。そういう意味では、公平な裁判であるかどうかという点では、疑問が残るものである。ただ、強制加入である自賠責保険のあり方については、一定の問題提起にはなったと思う。みんなが平等に強制的に払わされている保険であることを考えると、亡くなった場合の賠償については、良い悪いを超えた別の補償枠のようなものがあってもいいのではないかとは思う。

ただ、対向車を運転していた人は気の毒であるし、納得できないと思う。遠まわしには責任あったと聞こえる。曲がりなりにも裁判所が出したのだから名誉回復には相当な労力を要するだろう。事故に巻き込まれただけでも大変な迷惑だったはずである。また、この人の車は賠償されていない可能性がある。そうなれば、結局自分の車両保険で補償するか、車両保険に入ってなければ全額自腹で負担するしかない。ただ、対向車の(運転者の)ケガの治療や休業補償などは、亡くなった所有者の保険から賠償されていると思う。あるいはもしかしたら大学生のケガの補償もされている可能性はあると思う。とすれば、遺族はなぜ亡くなった彼だけに何も無いのかというやりきれない思いが出てくるのは、自分の家族だったらと思うと、わからないではない。これは想像に過ぎないが、そういうことからの裁判だったかもしれない。例えば、これも世間で誤解されていることだが、クスリや飲酒運転で事故を起こしても対人賠償は出る。事故を起こした本人に対しては一切出ないが、保険という商品は対人については、契約内容より人道的な配慮で、被害者や遺族保護の観点が重視される性質が日常的にあるという認識は、この判決を見る上で参考になるかもしれない。

京都のタクシー暴走事故について

京都でタクシーがホテルに突っ込むという事故を起こした。このタクシーの運転士はパーキングブレーキをかけたまま車から降り、再度乗り込もうとした際にペダル操作を誤ったと報道されている。パーキングかニュートラルに入れていれば、アクセルに足が当たったくらいで走ることはない。しかし、走り出したということは、ドライブレンジに入れた状態だったと考えるのが普通。

この事故に関して、71歳という運転士の年齢に関してモノを申している人が多かったが、老化による判断能力低下、身体の衰えは否定できないが、直接的な要因ではないと考える。実際に少数だが、高齢者の中にはこうした操作をしている人がいる。これは長年MT車しか乗っていなかった人に多い。MT車の場合にはパーキングという概念がないから、何十年とMTしか乗ってこなかった高齢ドライバーがAT車に乗ると、エンジンをかけたまま、ちょっと車を離れる時などニュートラルでパーキングブレーキをかける人がかなり多い。ひどい人はドライブのままパーキングブレーキをかけているのも私は見たことがある。今の車はパーキングに入れていないとカギが抜けないなどの措置が取られているものの、エンジンがかかっている時にやられたのではどうしようもない。

タクシー会社としてはAT車を導入するのは当然の流れと言える。MT比率が10%以下なのにタクシーだけMT主流であるべき理由はないし、MTの設定がない車も増えている。ドライバーの確保などを考えてもAT車を導入したいというのが会社としての希望だろう。社内にMTのタクシーが無くなれば、MTにしか乗ったことがなかった高齢ドライバーもATに乗ることになる。もちろん、免許証上はなんら問題ない。

だが、AT車に乗らせるにあたって、本当にAT車の仕組みを理解しているのかという点で研修やトレーニング等を行うことはないんじゃないか。MTに乗れたらATくらい乗れて当然という意識がある。しかし、それはそうでもない。なぜなら30年、40年とMTしか乗っていなければ、体に染み付いた操作をしてしまうことがあるのは致し方ない。そういう意味で、人の命を預かるタクシー会社は、ATに不慣れな運転士に対して、改めて正しいAT車の乗り方を研修しなければならない。今回の事故はそういう点で、新たな問題を教えてくれたものだと思う。

それは自分の親世代に対しても言えることで、年齢的なこと、あるいは選択肢がなく、初めてAT車を買ったという高齢な親を持つ方などは、今一度間違った操作をしていないか、事故になる前に確認しておいた方がいいと思う。

軽自動車が歯止めに

昨年末の自動車保有台数に関するデータを見た。8,100万台というのは過去最高だというから素直に驚く。なぜなら、世間では少子化、高齢化。暗い話題で自動車業界の低迷を煽ろうとしているし、それを鵜呑みにしている。もちろん、将来的な予測をするなら、明るい要素は少ないかもしれないが、今の段階ですぐにそこに結びつけることはできないかもしれないと考え直す材料になった。

例えば、興味深いのがいわゆる小型車(5ナンバー)が37,000台減少しているのに、軽自動車が94,000台増加しているところ。ならば、3ナンバーの普通車が大きく減ったんだろうと思うと、こちらは13,000台増加している。もちろん、保有台数だから新車で売れた数というわけではないと思うが、小型車が減っている以上に軽自動車が増えているとすれば、注目したいところである。

つまり、登録車をやめた人の中で、けっこうな割合の人が軽自動車の複数所有に変えたと考えることができる。あるいは、今まで車を持っていなかった人が軽自動車を購入したとも考えられる。ならば、自動車メーカーとしては台あたりの利益は減少しても車の数が増えるのだとすれば、決して軽自動車を無視できないことになる。そういった面で軽に力を入れるメーカーが増えているのも頷ける。また、販売店にとっても台数を増やしてもらえるメリットは大きい。例えば、ホンダは明らかに普通車が減っているが、アコード1台だったのが、N-WGNとN-BOXの2台になるなら、フィット1台になってしまうよりずっといいのは明らかです。

台数が増えれば、それに加えて車検整備や保険などディーラーの収益にも貢献する。用品などの売り上げも上がる。軽自動車となると、つい財布の紐は緩む。普通車の値段に慣れている人からすれば、オプション満載でも安く感じてしまうからだ。それに3年経過してもびっくりするくらい下取り良く、普通車にしか乗ったことがない人にとっては、買い替えしやすい。残価設定でおつりまで来ちゃうとすれば、3年ごとに買い替えてくれる人もけっこういるだろう。金額的には登録車とさしたる違いはないケースもあるのだが、なぜか軽自動車は日本人にとって精神的な負担が軽いものなのだ。

もちろん、だからといって自動車業界はずっと安泰というわけではない。だが、軽自動車の過度な優遇に批判的な人がいるものの、優遇があるおかげで本来減少するところ、むしろ増加に一時的であっても、そう転じているとすれば、軽は若者の車離れの歯止めになっているとも言える。その上、優遇されている分、ちゃんと経済効果として現れていることになる。そういう意味でも、安易な軽自動車の増税は生産する側、業界の雇用、ユーザー、そして結局は国にとっても、誰一人にもメリットないと思う。
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