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運転免許の細分化は急務

高齢者の交通事故は無視できない。ドライバーの意識の高まり、警察の取締り強化、安全性高い車の普及で交通事故は減少しているが、高齢者(65歳以上)が占める割合は増加。10年前の2倍である。こうした現実はまず私たちの自動車保険に反映されてきた。数年前から事故あり係数ができた。1事故につき3等級ダウンは同じながら、保険を使った場合、事故あり等級に移ってしまう。つまり同じ15等級でも14等級から上がった人と、18等級で使った人の保険料は全然違うのだ。AKBでいえば研究生に降格するようなもの。正規メンバーに戻るためには3年間も研究生を続けないといけない。

人間は老いていくものであり、それを防ぐことはできない。昔に比べて今の60歳は若い。でも、運転を見ていると、やはり衰えが見える。判断力や機敏な動作、あるいは肉体的な疲れ、当たり前のこと。責めることはできない。私だっていずれ老いる。60歳を過ぎても好きな車に乗り続けたい気持ちはあるが、きっと今のような運転はできないだろうと思っている。

これから日本は高齢化が本格的に進む。そんな中で自動車の事故には早めの対策が必要だ。特に高齢者の運転によって子どもや若い人が犠牲になることだけは絶対に避けなければならない。そういう意味で、75歳以上になったら赤い車しか乗れないなど、子どもが見てわかりやすい制度も必要だと主張させていただいた。一定の共感もいただいている。自動車同士だけでなく歩行者や自転車がすぐ高齢者とわかる対策も必要になってくる。

そしてこれもTwitterで書いたかもしれないが、運転免許細分化は急務だと思う。地方では自動車が無くてはならない存在。生活する上で必要なものである。だからこそ、乗れる乗れないという単純な話にできない。私は生活の足としてという意味で、消滅した軽自動車免許の復活はありだと思っている。また、自動ブレーキ・ふらつき警報・誤発進抑制制御・歩行者検知・オートマチックハイビームなどをセットにした「安全装置」を定義付けて、安全装置付限定免許といった仕組みも絶対取り入れるべきだと思う。これは国沢氏と同じく、私もレーザー式では不足だと思っている。50km/hまでなら追突回避できる性能を持ったものに限る必要がある。

この他にも75歳を過ぎたら高速道路の走行は難しいと行政がはっきり線を引くべき。そうすればそもそも高速を利用することが無くなるので逆走も減らせる。高速の入り口にETCとの通信機能を持たせれば、料金所までで侵入を阻止することもできる。80歳を過ぎたら長距離は無理と決めた方がいい。毎日の買い物のため、県内・市内・郡内といった地域限定免許にしたらいい。慣れた町ならOK。遠くに行く時は公共の交通機関を使ってもらう。このくらいやっていいと思う。その場合は、自動車税や重量税を多少減額してあげればいい。

私は車が好きだからこそ、痛ましい事故や犠牲者を出してはならないと思う。また、子育て世代として高齢者と若者が共存できる自動社会にしたい。子どもが犠牲になることだけは絶対あってはならないこと。自分もいつかは年寄りになる。その時には私はこの限定条件受け入れる。それでも乗れた方がいい。未来ある尊い命が失われる前に国は対策を急ぐべきだ。

軽自動車が歯止めに

昨年末の自動車保有台数に関するデータを見た。8,100万台というのは過去最高だというから素直に驚く。なぜなら、世間では少子化、高齢化。暗い話題で自動車業界の低迷を煽ろうとしているし、それを鵜呑みにしている。もちろん、将来的な予測をするなら、明るい要素は少ないかもしれないが、今の段階ですぐにそこに結びつけることはできないかもしれないと考え直す材料になった。

例えば、興味深いのがいわゆる小型車(5ナンバー)が37,000台減少しているのに、軽自動車が94,000台増加しているところ。ならば、3ナンバーの普通車が大きく減ったんだろうと思うと、こちらは13,000台増加している。もちろん、保有台数だから新車で売れた数というわけではないと思うが、小型車が減っている以上に軽自動車が増えているとすれば、注目したいところである。

つまり、登録車をやめた人の中で、けっこうな割合の人が軽自動車の複数所有に変えたと考えることができる。あるいは、今まで車を持っていなかった人が軽自動車を購入したとも考えられる。ならば、自動車メーカーとしては台あたりの利益は減少しても車の数が増えるのだとすれば、決して軽自動車を無視できないことになる。そういった面で軽に力を入れるメーカーが増えているのも頷ける。また、販売店にとっても台数を増やしてもらえるメリットは大きい。例えば、ホンダは明らかに普通車が減っているが、アコード1台だったのが、N-WGNとN-BOXの2台になるなら、フィット1台になってしまうよりずっといいのは明らかです。

台数が増えれば、それに加えて車検整備や保険などディーラーの収益にも貢献する。用品などの売り上げも上がる。軽自動車となると、つい財布の紐は緩む。普通車の値段に慣れている人からすれば、オプション満載でも安く感じてしまうからだ。それに3年経過してもびっくりするくらい下取り良く、普通車にしか乗ったことがない人にとっては、買い替えしやすい。残価設定でおつりまで来ちゃうとすれば、3年ごとに買い替えてくれる人もけっこういるだろう。金額的には登録車とさしたる違いはないケースもあるのだが、なぜか軽自動車は日本人にとって精神的な負担が軽いものなのだ。

もちろん、だからといって自動車業界はずっと安泰というわけではない。だが、軽自動車の過度な優遇に批判的な人がいるものの、優遇があるおかげで本来減少するところ、むしろ増加に一時的であっても、そう転じているとすれば、軽は若者の車離れの歯止めになっているとも言える。その上、優遇されている分、ちゃんと経済効果として現れていることになる。そういう意味でも、安易な軽自動車の増税は生産する側、業界の雇用、ユーザー、そして結局は国にとっても、誰一人にもメリットないと思う。

運転力の低下について思う

たまに最近の人は運転が下手という意見を見かける。だいたいはMT論との絡みで登場するので、私としてはまじめには受け取っていなかったのだが、近頃は本当にそうなのかもしれないと思っている。私が人より運転がうまいと言うつもりはないが、人より周りを見たり、先を読むなどを心がけている。どれだけスムーズに人の迷惑にならず運転できるかということは、結果的にスムーズに目的地に到着することにもなる。

人間には不得意なものもあるから、何もみんな運転がうまくなるべきだとか、そういうことは思わないけれども、少なくとも周りを見渡したり、自分が迷惑になっていないかくらいのことを考える姿勢はあるべきだと思っている。私が考える運転のうまい人は「自分の車を上から見れる人」。断じて峠やサーキットを走り回ったり、ドリフトができたり、MT車に乗っている人ではない。自分を上から見るとは、アラウンドビューモニターのもっとスケールの大きなもののイメージ。自分がどこにいて、周りに何がいて、どう動けばいいのかというのがわかっている人。ある自動車評論家がサッカー選手は運転がうまいと言っていたが、そうなのだろうと思う。車の運転はサッカーに似ているようにも思う。

近年は自分本位の運転をする人が増えている気がする。周りのことはあまり目に入らず、考えず、半径80cmくらいしか見えていない。私はこういう人をスマートキー族と呼んでいる。スマートキーの反応する範囲のことしかわからなくなるという皮肉だ。しかし、どうしたいのかわからない人が多すぎる。とにかく指示器を出すのが遅い。あっちに行ったりこっちに行ったり理解できない行動。計画性がない。周りのことよりナビが言うことを優先するからか。ナビが言ったらすぐに動かないといけないと思い込んでいる人がいる。機械の言うことよりドライバー本位であるべきなのに。延々と追い越し車線を走る人も多い。後ろを見るという習慣が無くなったのだろうか。言ってみればバックカメラ族か。私は最近の若い人は・・・という声はあまりそう思わない。年齢は関係なく変な人は多い。

それとマニュアル車の減少は因果関係があるかは知らないけれども、ここまで酷くなってくると、自分の子どもには最初はMT車に乗らせた方がいいかと思ってきた。確かに車の運転が昔よりずっとイージーなものになり過ぎたことは運転者の怠慢を招いているかもしれない。自動車の進化は続けなければならないが、運転者のスキルを上げることも同時にやっていくことが必要になってくるかもしれない。とりわけ高齢化社会への対応も急務である。私の知る人にもここ数年で2人をケガさせ、一人は意識不明にまで陥らせ、今も闘病生活を送らせている老人がいる。それでもまだ車に乗っている。本人が死ぬのはかまわないが、被害に遭う人はたまったもんじゃない。

高齢な人にとって自動車は特に地方の場合には生活必需品であるのは間違いなく、簡単に奪えるものではないが、個々の運転技術にあわせた免許の制限は必須になってくると思う。高速道路は無理とか、県内限定、市内限定など。車も軽自動車のみなど軽免許の復活。軽自動車よりもっと小さなシティコミューターも普及させていくべきだろう。装備面でも先進安全車の試験で得点が30点以上の車しか乗れないとか、老人は都合の悪いことはどういうわけか忘れるのでドライブレコーダー義務付なども必要だろう。違法性がないからあまり報道されないが、高齢者の事故は飲酒運転の事故と同じくらい重要な問題として認識されるべきだと思う。生活に使うものだからこそ、一律なんでもOKという形態から変えていかねばならない。
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